サンペ汁と斉藤三平

~ 06/12/30 11:03 雪の早坂峠とJRバス@岩手(写真は本文と関係ありません) ~
以下は寛政元年に記述された日記「えみしのさへき」からの引用である。
- 菅江真澄遊覧記2 菅江真澄 内田武志・宮本常一編訳 平凡社ライブラリー
- P223
- このヲトベの津鼻というところに宿をかりた。にしんの子(かずのこ)のおかずに、さんへというものをつくって、おあがりなさいとすすめてくれた。箸は左手にもっている。すべてこのあたりの浦人の習慣で、左箸をつかっている。サンペ汁、あるいはマクリ汁、カボシ汁*27といって、さまざまの魚をつかった汁を いつもさかんにつくっていた。
- P247
- *27- サンペ汁・マクリ汁・カボシ汁 サンペ汁は、もとは塩にしんをぶつ切りにして、それに大根、人参、ごぼうなどの野菜をたくさん入れて煮た汁。今は塩鮭の頭や中骨から出るだしで塩味をつけたのを三平汁という。
「三平汁 菅江真澄」でGoogle検索すると17件ほど該当するので、すでによく知られていることではあると思うが、斉藤三平との関連で考えたことを少々。
密銭摘発官 斎藤父子にコメントいただいたとおり、松前に渡った斉藤三平が三平汁の元祖ではないかという説があるのだが、斉藤三平は寛政9年生まれであり、その8年前にはすでに「サンペ汁」は存在していたことになる。
したがってサンペ汁=三平汁ということであれば斉藤三平が元祖ではないことになる。
ところが、Googleで検索した各サイトの記述をみてもわかるとおり、現在三平汁と呼ばれているものは北海道内でも様々な種類があり、広い範囲で三平汁と呼んでいるらしい。
また注記にあるとおり、元々は塩にしんを使っていたが現在では鮭を使っている、というように時代によっても変遷があるようである。
多芸多才な斉藤三平のことで、元々あった三平汁の味付けや材料を画期的に変えたとか、あるいは「土用の丑の日は鰻」の平賀源内のように三平汁の知名度?をあげたとか、何らかの関係があって人々から三平汁と呼ばれるようになったのではないだろうか。






