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~ 07/08/16 5:36 イナキビ@岩泉(写真は本文とは関係ありません) ~
菅江真澄遊覧記2を読んでいて、方言だとばかり思っていたら、ちゃんと漢字があてられている言葉を発見!(古語?)
(WebMaster@横浜)
投稿者: 日時: 2007年11月04日 23:04 | パーマリンク
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こんばんは。 先日、県立図書館で、佐々木京一先生の 「一揆の奔流」「'94ふるさとノート」 「救沢まで」を借りてきました。 でも、「一揆の奔流」を読んでも、 難しくてなかなか進みません。 大雑把な入門書でもないものでしょうか? ただ、"民間伝承”というところが 魅力的です。
われながら、どうして岩泉に惹かれるのか 不思議です・・・。
Posted by: ET | 2007年11月07日 21:18
日時: : 2007年11月07日 21:18
いつもコメントありがとうございます。 WebMaster@横浜です。
>「一揆の奔流」「'94ふるさとノート」「救沢まで」
んむむ。いずれも当方読んでない史料です。。。 入門といっても、田野畑村のサイトはもうご存知でしょうし。 http://www.vill.tanohata.iwate.jp/tanohata/contents/f_530/f_10/index_html
自分的には「南部藩百姓一揆の研究」「日本僻地の史的研究」(森嘉兵衛著)あたりが入門だったりします。
入月氏のサイトで紹介されてますが、佐々木先生の一揆3部作で他の巻からあたると実は分かりやすいのかもしれませんね。
全然アドバイスになってませんが、ひとつよしなに。
Posted by: WebMaster@横浜 | 2007年11月09日 00:03
日時: : 2007年11月09日 00:03
お久しぶりです。 時々は拝見していますが今少々に仕事が多忙でネット趣味は遠ざかっています。 ETさんとの会話に時々「入月」があったりして嬉しいです。 別れて数十年の地、故郷「岩泉」に今にして惹かれるETさんのような方もおられて本当に「不思議の国・いわいずみ」ですね。 私は恩師の京一先生の著書「一揆」から故郷の民俗史の側面をみていますがETさんの仰るとおり難しいです。 自分は知っている地名が沢山でるので別な興味もありますが知らない方は学術研究の目的でもなければ・・・の感想です。 一揆は戦いで暗く、悲しくて全く楽しくない事は革命闘争の自明の事かもしれません。 岩泉のもう一つの側面は「ふるさとノート」の女性陣の論評の高橋貞子さんの民話、早野京子さんの紫根染等は岩泉を誇れる伝承文化ですね。 又、同ノート投稿の現在進行形で今も歴史を作る京一先生の奥さん八重子さんの「中国残留孤児の記録」等は知り合いだけに切迫するものがあります。 以上、ETさんとの間に口を挟んでごめんなさい。
Posted by: 入月 | 2007年11月09日 10:46
日時: : 2007年11月09日 10:46
こんにちは。 入月様からのコメント、私はとても光栄です。 (WebMaster様のブログ上ですみません。 なにしろ初心者な者で)
またまた図書館で借りた本に、 武田功さんという方が京一先生とともに執筆されていましたが、家のごくごくご近所様でした・・・。
三閉伊一揆を語る会とかをやっていらっしゃるそうなので お話をうかがえたらと思っています。
Posted by: ET | 2007年11月10日 17:39
日時: : 2007年11月10日 17:39
訃報です。 佐々木京一先生が11/9御逝去されました。 先生の地元の民俗史「一揆」の調査研究の成果を称え御冥福を祈りたいと思います。入月。
Posted by: 入月 | 2007年11月10日 22:50
日時: : 2007年11月10日 22:50
コメント公開遅れてすいませんm(_ _)m WebMaster@横浜です。
佐々木京一先生の訃報、驚きました。 一揆の民間伝承研究の第一人者であった先生のご冥福をお祈りいたします。
先生は「'86 ふるさとノート」に『「一揆の奔流」執筆のころ』という記事を残されており、昨日それを読むことができました。
高校教諭の仕事に加えての執筆活動は睡眠時間を削っての作業であり、一睡もせずに翌日教鞭に立ったことも何度かあったと振り返っていました。執筆が終わる頃には真っ直ぐ歩くことができなくなっていたとも。。。
私自身は直接の面識はありませんが、そこまで一揆研究に打ち込んだ岩泉の先人のことを胸に刻みたいと思います。
Posted by: WebMaster@横浜 | 2007年11月11日 22:25
日時: : 2007年11月11日 22:25
佐々木京一先生の訃報を知り、 非常にショックを受けています。 昨日も、わからないなりに先生の著書を読ませていただいていました。巻末には、 「贈呈 県立図書館様 民衆の心 1984・10・8 佐々木京一」(縦書き) と達筆で書かれてあります。
私は、幼いころから、父がたまたま持っていた「ものいわぬ農民」や石川武男岩手大学名誉教授(元農学部長 故人)に感化され、農民・百姓の目線でものを考えることになぜか非常に共感していたものです。(もちろん自分も百姓の子だと思っています。) 佐々木京一先生と、石川先生とは接点は無かったんだろうと思います(推測)が、いずれも民衆の立場に立ち、常に第一線でその主張を発信されていた方たちだったのではないかと思います。 ご存命ならお会いできるかと期待していたので、非常に残念ですが、亡くなられる少し前に、先生の著書、WebMaster様のブログや入月様を知ることができ、感謝しております。 先生のご冥福をお祈りいたします。 合掌
Posted by: ET | 2007年11月12日 10:28
日時: : 2007年11月12日 10:28
WebMaster@横浜様、ET様には佐々木京一先生へのお悔みのお言葉を頂戴してありがとうございます。 WebMaster@横浜様のブログ上で知り合った者として先生の死去を悼みライフワークの一揆の著書の研究成果を語ってあげることが一番のご供養と存じています。 私は葬儀に出席できませんでしたが機会あれば墓前にお参りしてweb上の皆さんのご報告をさせて頂きます。 ネット上の会話に時代が変わったと驚きながらもきっと喜んで頂けると思います。 入月。
Posted by: 入月 | 2007年11月13日 09:43
日時: : 2007年11月13日 09:43
入月様、よろしくお願いいたします。
かなり昔に買った本「人づくり風土記」3(岩手)を見つけました。ざっと江戸時代の岩手をながめるのにいい感じです。鎌(釜じゃなかった)津田甚六は、大迫出身だとか。でも、謎の鉱山師だそうです。 あと、山形出身の主人に京一先生の「一揆の奔流」を見せたら、表紙を見て開口一番、「俊作のつつじじゃんか。」と言われました。20数年前に、すでに一揆の大まかなところを理解していたようです。灯台下暗しですね。「お前、岩手県人だろ?」とも言われましたが、かえって岩手の者には知らされなかったんじゃないかな?(責任放棄)
私もだんだん人の名前なりが理解できるようになってきました。今後ともよろしくお願いします。
Posted by: ET | 2007年11月15日 10:47
日時: : 2007年11月15日 10:47
ET様 WebMaster@横浜です。
山形出身の方で20数年前に一揆のことをすでにご存知だったとは! というか「安家村俊作」自体、岩泉町民でも知らない人多いのではないでしょうか?私も1年前には知らなかったし(^^;すごい博識ですね。
Posted by: WebMaster@横浜 | 2007年11月16日 00:12
日時: : 2007年11月16日 00:12
京一先生のこと、改めて思い出しました。 岩泉を本当に愛された先生だったなぁと思います。
先生が書いた袰綿の中滝の合戦記など、 高校生の時に読んでおもしろかったのですが、 いま手に入るのかなぁと思っています。
先生のおかげで、岩泉の軍記物が生まれたのですが、 あまり地元の人は知らないんじゃないかなぁ。残念。
このたび、奥さんが先生の功績をたたえる本を作られる ようです。一般販売するかはわかりません。
その中で姉貴がよせてる文章は、実は俺が書きました。 (内緒っすよ)
さて、方言と古語ですが、ほかには、
ありぐ、(歩く)・さかしい(賢し)、いとど(いと…)
なんてのもあるかなぁと思います。
Posted by: びった | 2009年08月26日 20:26
日時: : 2009年08月26日 20:26
>その中で姉貴がよせてる文章は、実は俺が書きました。(内緒っすよ)
んー、どれだけの人が見てるか把握してませんが、一応Web上で公開されましたので(笑)
>先生が書いた袰綿の中滝の合戦記など、
記憶があいまいですが、たしか「ふるさとノート」で発表されてましたでしょうか?
>このたび、奥さんが先生の功績をたたえる本を作られる ようです。一般販売するかはわかりません。
興味ありますね。 販売の情報ありましたら是非教えてください。
>ありぐ、(歩く)・さかしい(賢し)、いとど(いと…)
どれも小川では現役の言葉ですね! あと「大人」って言ってるはずなんだけど、「おづな」って聞こえるのは「乙名」が訛ったものなんですかね?
Posted by: WebMaster@横浜 | 2009年08月26日 20:58
日時: : 2009年08月26日 20:58
内緒、とはいえ、まあ明らかになってもそれはそれで。w
自分も京一先生には、資料を差し上げたこともあり、 知らない仲、でもありませんでしたから。
姉貴の書いたのをもとに、俺がまとめた、 というところですね~。
なので本になったら、 姉貴のところにもいただけると思うので、 その時はご紹介します。
先生の中滝合戦記は、俺は独立した 小冊子として読みました。
販売されていたのかも、不明です。 それも奥さまに伺ってみようかなぁ。
うん、たしかに、オヅナといいますね!
惣村制の乙名は大人と書くこともあったようですが、 そこの関係はちょっとわからず、
小本の乙茂はオトモだし、なのて乙名はオトナと 発音していただろうと思われるので、
なんでオヅナと言うんだろうか。うーん。
そういえば小川では、「椅子」のアクセントは、 イにありますよね。
イチゴもそう。
盛岡に出た時に、友達に違うとよく指摘されました。 標準語では最後にアクセントがきますもんね。
Posted by: びった | 2009年08月27日 18:35
日時: : 2009年08月27日 18:35
>自分も京一先生には、資料を差し上げたこともあり、知らない仲、でもありませんでしたから。
う、羨ましい。 私の場合、京一先生とは直接の接点がひとつもないんです。まぁ、小川にいらしたならどっかですれ違っているはずではありますが。
>なので本になったら、姉貴のところにもいただけると思うので、その時はご紹介します。
ぜひお願いします。
>そういえば小川では、「椅子」のアクセントは、イにありますよね。イチゴもそう。
無意識にイにアクセント置いていたかも。誰も指摘しないので標準語かと(涙)
>なんでオヅナと言うんだろうか。うーん。
よく分かりませんね。
あと、この話を母親にしたら「おれの言うのを(話の)肴にしてだべ。」とコメントがありました(笑)
# 遅い夏休みで本日から帰省しております。 # コメント公開遅くなる場合がありますのでご容赦ください。
Posted by: WebMaster@岩泉 | 2009年08月27日 22:58
日時: : 2009年08月27日 22:58
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コメント (14)
こんばんは。
先日、県立図書館で、佐々木京一先生の
「一揆の奔流」「'94ふるさとノート」
「救沢まで」を借りてきました。
でも、「一揆の奔流」を読んでも、
難しくてなかなか進みません。
大雑把な入門書でもないものでしょうか?
ただ、"民間伝承”というところが
魅力的です。
われながら、どうして岩泉に惹かれるのか
不思議です・・・。
Posted by: ET | 2007年11月07日 21:18
日時: : 2007年11月07日 21:18
いつもコメントありがとうございます。
WebMaster@横浜です。
>「一揆の奔流」「'94ふるさとノート」「救沢まで」
んむむ。いずれも当方読んでない史料です。。。
入門といっても、田野畑村のサイトはもうご存知でしょうし。
http://www.vill.tanohata.iwate.jp/tanohata/contents/f_530/f_10/index_html
自分的には「南部藩百姓一揆の研究」「日本僻地の史的研究」(森嘉兵衛著)あたりが入門だったりします。
入月氏のサイトで紹介されてますが、佐々木先生の一揆3部作で他の巻からあたると実は分かりやすいのかもしれませんね。
全然アドバイスになってませんが、ひとつよしなに。
Posted by: WebMaster@横浜 | 2007年11月09日 00:03
日時: : 2007年11月09日 00:03
お久しぶりです。
時々は拝見していますが今少々に仕事が多忙でネット趣味は遠ざかっています。
ETさんとの会話に時々「入月」があったりして嬉しいです。
別れて数十年の地、故郷「岩泉」に今にして惹かれるETさんのような方もおられて本当に「不思議の国・いわいずみ」ですね。
私は恩師の京一先生の著書「一揆」から故郷の民俗史の側面をみていますがETさんの仰るとおり難しいです。
自分は知っている地名が沢山でるので別な興味もありますが知らない方は学術研究の目的でもなければ・・・の感想です。
一揆は戦いで暗く、悲しくて全く楽しくない事は革命闘争の自明の事かもしれません。
岩泉のもう一つの側面は「ふるさとノート」の女性陣の論評の高橋貞子さんの民話、早野京子さんの紫根染等は岩泉を誇れる伝承文化ですね。
又、同ノート投稿の現在進行形で今も歴史を作る京一先生の奥さん八重子さんの「中国残留孤児の記録」等は知り合いだけに切迫するものがあります。
以上、ETさんとの間に口を挟んでごめんなさい。
Posted by: 入月 | 2007年11月09日 10:46
日時: : 2007年11月09日 10:46
こんにちは。
入月様からのコメント、私はとても光栄です。
(WebMaster様のブログ上ですみません。
なにしろ初心者な者で)
またまた図書館で借りた本に、
武田功さんという方が京一先生とともに執筆されていましたが、家のごくごくご近所様でした・・・。
三閉伊一揆を語る会とかをやっていらっしゃるそうなので
お話をうかがえたらと思っています。
Posted by: ET | 2007年11月10日 17:39
日時: : 2007年11月10日 17:39
訃報です。
佐々木京一先生が11/9御逝去されました。
先生の地元の民俗史「一揆」の調査研究の成果を称え御冥福を祈りたいと思います。入月。
Posted by: 入月 | 2007年11月10日 22:50
日時: : 2007年11月10日 22:50
コメント公開遅れてすいませんm(_ _)m
WebMaster@横浜です。
佐々木京一先生の訃報、驚きました。
一揆の民間伝承研究の第一人者であった先生のご冥福をお祈りいたします。
先生は「'86 ふるさとノート」に『「一揆の奔流」執筆のころ』という記事を残されており、昨日それを読むことができました。
高校教諭の仕事に加えての執筆活動は睡眠時間を削っての作業であり、一睡もせずに翌日教鞭に立ったことも何度かあったと振り返っていました。執筆が終わる頃には真っ直ぐ歩くことができなくなっていたとも。。。
私自身は直接の面識はありませんが、そこまで一揆研究に打ち込んだ岩泉の先人のことを胸に刻みたいと思います。
Posted by: WebMaster@横浜 | 2007年11月11日 22:25
日時: : 2007年11月11日 22:25
佐々木京一先生の訃報を知り、
非常にショックを受けています。
昨日も、わからないなりに先生の著書を読ませていただいていました。巻末には、
「贈呈 県立図書館様
民衆の心
1984・10・8
佐々木京一」(縦書き)
と達筆で書かれてあります。
私は、幼いころから、父がたまたま持っていた「ものいわぬ農民」や石川武男岩手大学名誉教授(元農学部長 故人)に感化され、農民・百姓の目線でものを考えることになぜか非常に共感していたものです。(もちろん自分も百姓の子だと思っています。)
佐々木京一先生と、石川先生とは接点は無かったんだろうと思います(推測)が、いずれも民衆の立場に立ち、常に第一線でその主張を発信されていた方たちだったのではないかと思います。
ご存命ならお会いできるかと期待していたので、非常に残念ですが、亡くなられる少し前に、先生の著書、WebMaster様のブログや入月様を知ることができ、感謝しております。
先生のご冥福をお祈りいたします。 合掌
Posted by: ET | 2007年11月12日 10:28
日時: : 2007年11月12日 10:28
WebMaster@横浜様、ET様には佐々木京一先生へのお悔みのお言葉を頂戴してありがとうございます。
WebMaster@横浜様のブログ上で知り合った者として先生の死去を悼みライフワークの一揆の著書の研究成果を語ってあげることが一番のご供養と存じています。
私は葬儀に出席できませんでしたが機会あれば墓前にお参りしてweb上の皆さんのご報告をさせて頂きます。
ネット上の会話に時代が変わったと驚きながらもきっと喜んで頂けると思います。
入月。
Posted by: 入月 | 2007年11月13日 09:43
日時: : 2007年11月13日 09:43
入月様、よろしくお願いいたします。
かなり昔に買った本「人づくり風土記」3(岩手)を見つけました。ざっと江戸時代の岩手をながめるのにいい感じです。鎌(釜じゃなかった)津田甚六は、大迫出身だとか。でも、謎の鉱山師だそうです。
あと、山形出身の主人に京一先生の「一揆の奔流」を見せたら、表紙を見て開口一番、「俊作のつつじじゃんか。」と言われました。20数年前に、すでに一揆の大まかなところを理解していたようです。灯台下暗しですね。「お前、岩手県人だろ?」とも言われましたが、かえって岩手の者には知らされなかったんじゃないかな?(責任放棄)
私もだんだん人の名前なりが理解できるようになってきました。今後ともよろしくお願いします。
Posted by: ET | 2007年11月15日 10:47
日時: : 2007年11月15日 10:47
ET様
WebMaster@横浜です。
山形出身の方で20数年前に一揆のことをすでにご存知だったとは!
というか「安家村俊作」自体、岩泉町民でも知らない人多いのではないでしょうか?私も1年前には知らなかったし(^^;すごい博識ですね。
Posted by: WebMaster@横浜 | 2007年11月16日 00:12
日時: : 2007年11月16日 00:12
京一先生のこと、改めて思い出しました。
岩泉を本当に愛された先生だったなぁと思います。
先生が書いた袰綿の中滝の合戦記など、
高校生の時に読んでおもしろかったのですが、
いま手に入るのかなぁと思っています。
先生のおかげで、岩泉の軍記物が生まれたのですが、
あまり地元の人は知らないんじゃないかなぁ。残念。
このたび、奥さんが先生の功績をたたえる本を作られる
ようです。一般販売するかはわかりません。
その中で姉貴がよせてる文章は、実は俺が書きました。
(内緒っすよ)
さて、方言と古語ですが、ほかには、
ありぐ、(歩く)・さかしい(賢し)、いとど(いと…)
なんてのもあるかなぁと思います。
Posted by: びった | 2009年08月26日 20:26
日時: : 2009年08月26日 20:26
>その中で姉貴がよせてる文章は、実は俺が書きました。(内緒っすよ)
んー、どれだけの人が見てるか把握してませんが、一応Web上で公開されましたので(笑)
>先生が書いた袰綿の中滝の合戦記など、
記憶があいまいですが、たしか「ふるさとノート」で発表されてましたでしょうか?
>このたび、奥さんが先生の功績をたたえる本を作られる
ようです。一般販売するかはわかりません。
興味ありますね。
販売の情報ありましたら是非教えてください。
>ありぐ、(歩く)・さかしい(賢し)、いとど(いと…)
どれも小川では現役の言葉ですね!
あと「大人」って言ってるはずなんだけど、「おづな」って聞こえるのは「乙名」が訛ったものなんですかね?
Posted by: WebMaster@横浜 | 2009年08月26日 20:58
日時: : 2009年08月26日 20:58
内緒、とはいえ、まあ明らかになってもそれはそれで。w
自分も京一先生には、資料を差し上げたこともあり、
知らない仲、でもありませんでしたから。
姉貴の書いたのをもとに、俺がまとめた、
というところですね~。
なので本になったら、
姉貴のところにもいただけると思うので、
その時はご紹介します。
先生の中滝合戦記は、俺は独立した
小冊子として読みました。
販売されていたのかも、不明です。
それも奥さまに伺ってみようかなぁ。
うん、たしかに、オヅナといいますね!
惣村制の乙名は大人と書くこともあったようですが、
そこの関係はちょっとわからず、
小本の乙茂はオトモだし、なのて乙名はオトナと
発音していただろうと思われるので、
なんでオヅナと言うんだろうか。うーん。
そういえば小川では、「椅子」のアクセントは、
イにありますよね。
イチゴもそう。
盛岡に出た時に、友達に違うとよく指摘されました。
標準語では最後にアクセントがきますもんね。
Posted by: びった | 2009年08月27日 18:35
日時: : 2009年08月27日 18:35
>自分も京一先生には、資料を差し上げたこともあり、知らない仲、でもありませんでしたから。
う、羨ましい。
私の場合、京一先生とは直接の接点がひとつもないんです。まぁ、小川にいらしたならどっかですれ違っているはずではありますが。
>なので本になったら、姉貴のところにもいただけると思うので、その時はご紹介します。
ぜひお願いします。
>そういえば小川では、「椅子」のアクセントは、イにありますよね。イチゴもそう。
無意識にイにアクセント置いていたかも。誰も指摘しないので標準語かと(涙)
>なんでオヅナと言うんだろうか。うーん。
よく分かりませんね。
あと、この話を母親にしたら「おれの言うのを(話の)肴にしてだべ。」とコメントがありました(笑)
# 遅い夏休みで本日から帰省しております。
# コメント公開遅くなる場合がありますのでご容赦ください。
Posted by: WebMaster@岩泉 | 2009年08月27日 22:58
日時: : 2009年08月27日 22:58