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2009年10月 アーカイブ

2009年10月04日

金森神社のこと

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~ 2009/08/30 10:22 石見鉱山岩手鉱業所の看板@岩泉(写真は本文とは関係ありません) ~

■ 金森神社についてのこれまでの情報

・今年2009/8/8に金森神社の御分霊をお返しする行事があった。
・関係者からは四国・愛媛の神社からの御分霊だったと聞いていた。

■ 追加情報

四国・愛媛の正しい神社名は以下のふるさとノートに記載があった。

'93 不思議の国いわいずみ ふるさとノート 岩泉民間伝承研究会
P335
鉱山(やま)の灯を消すな - 闘いぬいた八ヶ月
日本粘土鉱業所閉山反対の闘いの記録
P341
会社が、瀬戸内海の大三島にいって、鉱山神「大山祗(ズミ)大神」を頂いてきて祀るようになっていた。

ウィキペディアで大山祇神社を読むと、祭事として「全国鉱山工場安全祈願祭」が年2回あり、確かに鉱山神のようである。
(WebMaster@横浜)

昭和19年の耐火粘土増産

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~ 2009/08/30 10:20 解体途中の日本粘土工場@岩泉(写真は本文とは関係ありません) ~

地質調査所報告 第145号 本邦の耐火粘土について 工業技術庁地質調査所編
P3
太平洋戰爭中,SK34以上の良質耐火粘土を産出した岩手窯業鉱山の良質部も大部分採掘し盡され,最近はSK34以上の粘土の産額が極めて低下している。すなわち残存している粘土層は走向および傾斜方向への品質の変化が著しく,SK32程度のものは比較的簡單に採掘できるが,これ以上のものを揃えるためには嚴密な手選を必要とする状態で,かつ山元より鉄道または港湾への距離が約60kmに達する欠点がある。しかしながら本鉱山は量的にも質的にも本邦屈指の耐火粘土産地と称しうるものであり,特に未開発地帶の探鉱に期待が掛けられる。

「本邦の耐火粘土について」は、当時通商産業技官であった村岡誠氏が昭和26年8月時点の実験・調査結果に基づいて国内産地の耐火粘土についてとりまとめた報告である。(したがって、翌昭和27年に岩手窯業の三谷所長が小松で硬質粘土を発見する以前の情報となる。)

戦時中の昭和18年、岩手炭鉱は国策として日鉄鉱業に経営委託され、翌昭和19年の耐火粘土産出量は前年の倍以上!の大増産となっている。(以下の表参照。)

これにより探鉱済みのSKが高い良質粘土を大部分採掘しつくしてしまったということになるが、会社側はこうなることを予想して、日鉄鉱業への経営委託に強く反対したのであろう。(※1)

また、この大増産した耐火粘土を運び出したのは小本線(岩泉線)であり、昭和19年は和井内から押角まで延長開業した年となる。現在は秘境駅として有名になってしまった押角駅であるが、戦時の「準軍事輸送路」の重要な駅として、国策として押角駅は生まれたのである。

同書 P74 第26表
本邦の主要耐火粘土地区別年産実績(t)より抜粋

西暦 和暦
(昭和)
実績
(t)
1938 13 不明
1939 14 不明
1940 15 不明
1941 16 不明
1942 17 不明
1943 18 57,900
1944 19 124,140
1945 20 75,808
1946 21 10,716
1947 22 2,533
1948 23 16,673
1949 24 22,892
1950 25 43,348

<参考>耐火度

SK
261,580
271,610
281,630
291,650
301,670
311,690
321,710
331,730
341,750
351,770
361,790

  • ※1

    '93 不思議の国いわいずみ ふるさとノート 岩泉民間伝承研究会

    鉱山(やま)の灯を消すな - 闘いぬいた八ヶ月 日本粘土鉱業所閉山反対の闘いの記録

(WebMaster@横浜)

2009年10月12日

霜と台風

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~ 2009/10/04 8:04 アワ乾燥中@岩手・岩泉 ~

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~ 2009/10/04 14:47 タカキビ刈り取り前@岩手・岩泉 ~

アワの実入りがいい。順調に育ったみたい。ハウスの中さ大事に干してだんだよ。畑の都合でいっぺぇでもねぇ、少しだっためにこんな感じだども。

タカキビは刈りさ行ったとき写したの。何回にも(分けて)刈ったのね。まだ青いのがあるってさぁ、出だようなのがら刈ったんだ。(後で)霜が降ったために慌てて「ダメなんだこれ以上置いでば、刈ったほうが良い」って全部刈ったの。

台風はハウスは大丈夫だったども、野菜どもらは赤いカブが特別風ぁ当だったふうで、少し湯呑み茶碗位におがったのはみんなふっつむぬげでだったぞ。おれぁ初めでだぞぉあんなごだぁよ。なんかカブ畑が赤ぇなと思って行ってみだら、倒れたのもあるどもふっつむぬげでだんだもの。そんな大きいのはどうせはぁ土さ植えだって助かれぇねぇべぇしど思って、5Kgくれぇ皮むいで漬物にしてで三田貝の産直さ持ってったった(笑)
(母ヨウコ談)

台風来たり、霜降ったりで忙しい秋じまいです。
日本粘土の話が続いておりましたが、久々の畑情報をお送りします。
(WebMaster@横浜)
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