2006/09/03 海嘯
本棚が不足して床に平積みになっている中から1冊。
(ちなみにTOKYO-FMの山下達郎「サンデー・ソングブック」のレギュラープログラム「棚からひとつかみ」は山下達郎さんがご自身のレコード棚からアトランダムに選んだレコードを番組で流すもの。)
「三陸海岸大津波」
作者はつい最近、7/31にお亡くなりになった吉村昭さん。
この本を読んで初めて三陸地方では津波を「よだ」と呼ぶことを知った。宮古市に3年間住んだが、ついぞ聞いたことがなかった。また明治29年の津波では一般に「津波」ではなくて「海嘯(カイショウまたはツナミ)」と呼んでいたそうだ。作者は地元の古老から入念に取材したということだが、昭和の大津波を経験した世代は自分からみれば親~祖父・祖母の世代にもあたり、すでに地元でも伝承が絶えてしまったのだろうか?あるいは、防波堤が整備されたことで津波への恐怖が薄れたのか...。
「海嘯(カイショウ)」と聞いて「風の谷のナウシカ」を思い出す方もいると思う。
ナウシカの映画公開当時、中学3年生で高校受験を控えていたのに勉強もせずに部屋で「風の谷のナウシカ」を読んでいたことを昨日のことのように思い出す。
何とか宮古の高校に入学し、遅れてその年の秋ぐらいに宮古の映画館で見たのも「風の谷のナウシカ」だった。(ビデオテープの方式でVHSとβが争っていたのも当時のこと。ビデオレンタルもぼちぼち普及しだした時期。その後βは敗れる。)
過去、海嘯・よだの被害にあった宮古で見た映画が「風の谷のナウシカ」というのも何かの縁と自分的には妙に合点がいっていたり。
※ 昭和16年生まれの宮﨑駿監督は昭和8年の津波当時にはまだ生まれていないことに。
おあげんせ