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本、読みました アーカイブ

2006年07月09日

2006/02/20 「岩手の宰相“秘話” 原敬、斎藤実、米内光政」

高橋 文彦 (著)、岩手日報社 (編集)

買ったお店:さわや書店フェザン店 (盛岡市)
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先月37歳になった管理者ですが、年齢のせいなのか最近は出身地である岩手の歴史というのにちょと興味があったりするんです。(郷土愛というやつか...?)

で、岩手県って首相になった人が多かったりするんだよなーと覚えてるんですが、はて何人だっけ?とかなりアバウトだし、どういう人物だったのかというのもわかってない、というのでこの本はその入門編として面白いです。
構成は短いトピックが沢山でてきて、その内容にダブリがあったりするんで、発行元の岩手日報の特集記事の再編集かな?と。

戦犯とされた東条英機の父親と原敬が親交があったなど、へぇーという内容もあったりします。時系列でみれば、確かにその時代の話なのだなと妙に納得したり。

「明治18年 坂垣征四郎 沼宮内(岩手町)に生まれる」の名前を年表からみつけてびっくり。結構うちの実家の近くじゃんと。でもそんな話は小学生、中学生くらいで教わるはずだけど、誰からも教わった記憶がない。それって、東条英機と同じように戦犯として裁かれたから?とつい勘ぐりたくなる。

ちなみに、世界的な指揮者である小沢征爾氏の名前は坂垣征四郎、石原莞爾からそれぞれ一文字ずつもらっているとのことであり、それも年表的にみれば、さもありなんと納得。時代の流れってそういうものなんだなと。

小沢征爾氏がオーケストラを引き連れて、以前岩手の田舎を回ってコンサートしてたことがあったと思うけど全然関係ないんだよな...。どうなんだろ。
(NHKスペシャルか何かで放送を見た記憶あり。そいや、久慈の山根温泉で小沢征爾氏が温泉から出てきたとこの写真が飾ってあったっけ。)

2006/02/21 「ものいわぬ農民」

大牟羅 良 (著) 岩波新書
買ったお店:あおい書店 (横浜市上大岡) 
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岩手の戦後まもなく、農村の様子が描かれています。

管理者の両親の生まれた年は父が昭和12年、母が昭和15年です。終戦の年は8歳と5歳だった訳で、その当時はどういう時代だったのかというのは聞いてもなかなか要領を得なかったり、あまりにも今と違いすぎてピンとこないんです。

著者は昭和21年に戦争から復員後、盛岡近郊の玉山村や滝沢村といった地域を古着行商人として行商してまわっていました。で、これらの地域は管理者の実家にもかなり近いので、そのまま当てはまりそうな話が登場します。

農家に行商に行ってもヨメさんしかいなければ、ものを買う権利がないので買ってくれないとか...。お昼に立ち寄った家で稗メシをご馳走になったが、谷川から汲んできた清水をぶっかけて食べればおいしかったとか...。

自分の両親がどんな生活してきたのかがよーく分かります。自分のことで言えば、いや、もうほんとに戦後に生まれてよかったとか、電気のある生活でよかったとか、米が日に三度食べられてよかったとか(^^;つくづく感じるです。(続く)

2006年08月10日

2006/08/09 この夏の3冊

土曜日から月曜日にかけて、駆け足で実家に帰省してきました。

正月に目をつけていた盛岡駅のさわや書店さん、今回もチェックしてきました。
岩手関連の書籍コーナーが充実してるんです。

今回の獲物は次の3冊です。
昭和東北大凶作 娘身売りと欠食児童 山下文男/著 無明舎出版
ユリイカ 2006年7月号 特集 西原理恵子
・岩泉のお隣、葛巻町でワイン事業をたちあげた男の話。(プロジェクトXっぽい。)実家においてきてしまったのでタイトル忘れた。

ユリイカって岩手関連でも何でもないんですが、レジのところにおいてあったので何気に買ってしまいましたf(^^;恐るべし、さわや書店の手練。

盛岡から岩泉へ帰るバス車中で読み散らかしたわけですが、ちょっとどれもディープな感じで最後は吐きそうでした。

って単に、バスの中で吐いてえづいている少年が近くにいたせいかもしれないけど。

2006年08月11日

2006/08/10 小林多喜二と三陸大津波

昨日にひきつづき「昭和東北大凶作 娘身売りと欠食児童 山下文男/著 無明舎出版」から。

タイトルからしてもう悲惨な話のオンパレードなこの本。食糧難の話は、もうちょっと前の北朝鮮どころの騒ぎではない。で、そんな中でもへぇと思った話題。

昭和8年3月3日未明に三陸大津波はおきた。
当時、全国的な事件となり一般の人々だけでなく地下にもぐっていた日本共産党も募金や医療救援に立ちあがった。津波で一番ひどい被害をうけた田老村(現在は宮古市田老)に医療救援でかけつけた医師や看護婦、東北帝大の学生3人は被災者を診察しているその場で逮捕され盛岡署に送られた。

昭和8年2月20日は小林多喜二が特高の拷問で殺された年。まさに赤狩りの嵐が吹き荒れていた時代だったというもの。

田老=三陸津波までは連想できたが「共産党」「小林多喜二」がつながってくるとは!

今行けば、ただの静かな田舎町にしか見えない田老(失礼m(__)m)にも知られざる物語があったのだなと。

2006年09月03日

2006/09/03 海嘯

本棚が不足して床に平積みになっている中から1冊。

(ちなみにTOKYO-FMの山下達郎「サンデー・ソングブック」のレギュラープログラム「棚からひとつかみ」は山下達郎さんがご自身のレコード棚からアトランダムに選んだレコードを番組で流すもの。)

三陸海岸大津波

作者はつい最近、7/31にお亡くなりになった吉村昭さん。

この本を読んで初めて三陸地方では津波を「よだ」と呼ぶことを知った。宮古市に3年間住んだが、ついぞ聞いたことがなかった。また明治29年の津波では一般に「津波」ではなくて「海嘯(カイショウまたはツナミ)」と呼んでいたそうだ。作者は地元の古老から入念に取材したということだが、昭和の大津波を経験した世代は自分からみれば親~祖父・祖母の世代にもあたり、すでに地元でも伝承が絶えてしまったのだろうか?あるいは、防波堤が整備されたことで津波への恐怖が薄れたのか...。

「海嘯(カイショウ)」と聞いて「風の谷のナウシカ」を思い出す方もいると思う。

ナウシカの映画公開当時、中学3年生で高校受験を控えていたのに勉強もせずに部屋で「風の谷のナウシカ」を読んでいたことを昨日のことのように思い出す。
何とか宮古の高校に入学し、遅れてその年の秋ぐらいに宮古の映画館で見たのも「風の谷のナウシカ」だった。(ビデオテープの方式でVHSとβが争っていたのも当時のこと。ビデオレンタルもぼちぼち普及しだした時期。その後βは敗れる。)

過去、海嘯・よだの被害にあった宮古で見た映画が「風の谷のナウシカ」というのも何かの縁と自分的には妙に合点がいっていたり。

※ 昭和16年生まれの宮﨑駿監督は昭和8年の津波当時にはまだ生まれていないことに。

2006年10月10日

2006/10/10 告白

本棚が不足して床に平積みになっている中から1冊。

先週何日かかけて「告白」を読んだ。
あのジェンキンスさんが自身と家族のこれまでを綴ったもの。

 なぜジェンキンスさんは米軍を脱走して北朝鮮に渡ったのか?
 なぜ小泉首相の2回目の訪朝のとき日本へ来なかったのか?
 
といった疑問が解けた。

本によれば、北朝鮮に長年住んでいて身に着けたことは、北朝鮮で生きていくためには目の前で何が起こってもそれを受け入れなければならない、ということらしい。組織(党や軍)のやることにどんな理由があるのか考えても無駄ということか?

10/9は北朝鮮の核実験成功の日であるが、この本を読む限り、それがどんな意味を持つのか恐ろしい限りである。

過去の歴史を遡れば、太平洋戦争に突入した日本と今の北朝鮮の姿がだぶって見える。
日本は「ABCD包囲網」で経済封鎖され、自ら戦線を拡大し、結果伸びきった補給線を支えられず自滅の道をたどった。
北朝鮮も同じように六カ国協議などからの経済制裁のプレッシャーに耐えられなくなるのか...。
ABCD包囲網になぞらえれば六カ国協議はJRACK包囲網とでも言うべきか?

JRACK包囲網(造語)
 日本国(Japan)
 ロシア(Russia)
 アメリカ(America)
 中国(China)
 韓国(Korea)

字面が気持ち○ASRACに似てるな...(^^;

2006年12月10日

東条英機は南部人?

(写真は本文とは関係ありません。
 2006/11/04 12:05 @盛岡駅)

厳密にはまだ読んでる途中だが、タイトルの話を以下のわずか数行に要約してしまっているあたりが司馬遼太郎のスゴサなのかと納得するしだい。

陸奥のみち、肥薩のみちほか 街道をゆく (3)」p37 司馬遼太郎、朝日文庫

南部人から、大正期に入って以後、三人の総理大臣を出した。原敬、斎藤実(水沢藩だが岩手県に入る)、米内光政で、南部藩の能役者の孫だった東条英機を入れれば四人になる。
東条英機を南部人に入れることはむりかもしれない。かれの父も陸軍軍人で、かれは東京でうまれた。その祖父は南部家の能役者だったとはいえ、江戸詰で、しかも江戸で召しかかえられた人であり、従って環境的にも血液的にも東条英機に南部の影響があったとはおもえない。

司馬遼太郎は歴史ものの小説を一冊書くのにトラック1台分の資料を集める。歴史上の人物への肉薄度合いは、歴史研究者が「垣根の外から家の中をのぞいている」のに対して、司馬遼太郎は「隣に座ってお茶を飲んでいる」くらいのものがあった(らしい。かなり曖昧な記憶)。

東条英機が南部人か?に関する数行はその膨大な情報を要約したものなのだろうと思う。戦前、岩手日報は東条英機を岩手県出身者として報道したという話はどっかあったし、小学生~中学生の時分も岩手出身の総理大臣は原敬、斎藤実、米内光政、東条英機、鈴木善幸(!)と習った記憶がある。ただし、東条英機は東京生まれだから入れないという話もやっぱりあった記憶がある。

おそらく戦犯にさえならなければ、間違いなく岩手県「ゆかり」の総理大臣5人の1人に数えられていたはず(^^;

# 斎藤実の読みは「さいとうまこと」です。

2006年12月11日

岩手県の県庁所在地は?

061104_kitakamigawa_s.jpg(写真は本文とは関係ありません。2006/11/04 12:03 @盛岡駅近くの新幹線車中)

岩手県人であれば一度はもつ疑問。

 県庁所在地が盛岡なのになんで岩手県なのか?

の疑問が解けた。前回に引き続き司馬遼太郎の著作から引用する。

陸奥のみち、肥薩のみちほか 街道をゆく (3)」p90~p91 司馬遼太郎、朝日文庫

明治政府がこんにちの都道府県をつくるとき、どの土地が官軍に属し、どの土地が佐幕もしくは日和見であったかということを後世にわかるように烙印を押した。
その藩都(県庁所在地)の名称がそのまま県名になっている県が、官軍側である。

 薩摩藩-----鹿児島市が鹿児島県。
 長州藩-----山口市が山口県。
 土佐藩-----高知市が高知県。
 肥前佐賀藩-佐賀市が佐賀県。

の四県がその代表的なものである。
戊辰戦争の段階であわただしく官軍についた大藩の所在地もこれに準じている。
筑前福岡藩が、福岡城下の名をとって福岡県になり、芸州広島藩、備前岡山藩、越前福井藩、秋田藩の場合もおなじである。
これらに対し、加賀百万石は日和見藩だったために金沢が城下であるのに金沢県とはならず石川という県内の小さな地名をさがし出してこれを県名とした。

戊辰戦争の段階で奥羽地方は秋田藩をのぞいてほとんどの藩が佐幕だったために、秋田県をのぞくすべての県がかつての大藩城下町の名称としていない。仙台県とはいわずに宮城県、盛岡県とはいわずに岩手県といったぐあいだが、とくに官軍の最大の攻撃目標だった会津藩にいたっては城下の若松市に県庁が置かれず、わざわざ福島という僻村のような土地に県庁をもってゆき、その呼称をとって福島県と称せしめられている。

明治元年は西暦1868年、つまり2006年時点で138年昔の話である。明治の元勲はとっくにもうないが、意図したとおり県名はそのまま残っている。「後世の歴史家」はどう評価するだろうか?

2007年01月24日

はやぶさ

070103_moshi_m.jpg
(写真は本文とは関係ありません。
 2007/01/03 13:50 茂師(もし)の波@岩泉)

細かい説明は読み飛ばしながら、
 「はやぶさ 不死身の探査機と宇宙研の物語
を一気に読んだ。面白い。

小惑星「イトカワ」、探査機「はやぶさ」の名前は「糸川英夫」氏に由来するものであること。
その糸川氏が発案したペンシルロケットに始まり、延々と磨き上げられた日本独自の固体燃料ロケットの技術。はやぶさの独自性。

中学生当時、同級生のH君に言われて糸川氏の「逆転の発想」を読んだけど、何が面白いのかさっぱり分からなかった。(当然内容も覚えてない。)
戦前/戦中、中島飛行機で戦闘機「隼」の開発にたずさわり、その後東大でペンシルロケットを作った人、ぐらいの理解だったが、この本で糸川氏が何をなしたのか初めて分かった気がした。

はやぶさは当初の予定よりも遅れながら、満身創痍で地球をめざしている。2010年の帰還が待ち遠しい。

2007年07月23日

毎日かあさん


毎日かあさん4 出戻り編 西原理恵子 (著)

ここ数年、西原理恵子にハマッっている。
ぼくんち、できるかな、恨ミシュラン、鳥頭紀行、毎日かあさん...。

鳥頭~や、毎日~に登場する夫・鴨志田穣氏は西原氏と離婚後に復縁したのだが、今年の春に故人となった。

「出戻り編」は鴨志田氏の復縁で西原氏宅に戻ってから亡くなるまでの時期がカバーされているのだが、単行本の描き下し部分にその最期が描かれている。泣かせる...。

2008年01月12日

週末図書館

080112_NDL_m.jpg
~ 2008/1/12 16:56 国会図書館の利用者出入り口@永田町 ~

正月休みをはさんで久々の国会図書館。
雨が降り出したせいか、正月休みの余韻か、午後イチはあまり混んでなくてコピー待ち時間10分だったのに、次第に20分・30分待ちのいつもの混みぐあいに。

本を読んでいるといつの間にかウトウト。仕事始め後の最初の休みで疲れが出たのか...。
「松浦武四郎」を「高山彦九郎」と間違えて検索してたり。
今日は時間切れだったが「岩手史学研究」は面白そう。また来週来よう。

2010年11月17日

grepよりPREP

SEに必要なのはgrepよりPREP(Point-Reason-Example & Point)話法。
朝8時30分、通勤中の山手線車中で「残念な人の思考法」を読んでいて。
(WebMaster@横浜)

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