分かっちゃいるけど晩酌でついつい食べたり、飲んだりな日々。
実家から送ってきた「うるい」を油いためにしたのと鏡月のソーダ割りで。
鏡月 > 韓国 > チャングムの誓い とこじつけだけど、話の展開にハマりぎみ。そいや昔、堺正明が天皇の料理番(?)というドラマやってたな。。。
サッカー日本代表のマルタ戦がひどかっただけに、ワールドカップのほうは今ひとつ期待ができなかったり。

岩泉の実家から送ってきたフキの塩漬け、フキの漬物、ひゅうじ餅、キュウリの浅漬け。
傍らにはNumber。
明日のAM3:00からはフランス-イタリアの決勝。
# 先週ピークだった風邪も、のどの炎症がだんだん治まってきたのでブログ再開です。
岩手から送られてきた写真を久々に掲載します。
10/21朝6:30@岩泉町の実家(の本家)の写真です。
(ちょいピンボケ気味なのは勘弁してください。)
後ろの山々は紅葉が始まってます。
朝の暖をとるための薪ストーブの煙が立ち昇っています。
霜が降りてあたりが真っ白になるのもそう遠くはないです。
薪ストーブに手をかざしながら伯父さん、伯母さんはどんな話をしているのか...。
畑の収穫のダンドリか。
それとも盛岡に離れて暮らす子供たちのことか。
今日は横浜もだいぶ寒くなりました。
写真を見て、岩手の秋、きりっと冷えた空気を思い出しています。
岩泉の実家から冷凍のきびだんご材料を送ってもらった。
内訳は以下のとおりで、こしあんは味付け済みで水を加えて暖めるだけだし、きびだんごは暖めて煮込めばよいと聞いた。
きびだんご・・・250g
こしあん・・・490g
電子レンジで解凍すれば後は暖めるだけで楽勝と思っていたら。。。
煮込みが足りなかったのか、生っぽいきびだんごができてしまった。かきまぜてるうちにだんごがばらばらになってしまうし。
うまくいかないと実家に電話したら、「おれぁ40年かがって覚えだがらなぁ。」(母ヨウコ談)だそうでorz
「桃栗3年柿8年」と歌っていたのは原田知世主演の「時をかける少女」だったが、「きびだんごは40年」なのかー?

~ 2006/12/30 8:48 白龍(パイロン)@盛岡桜山 ~
WebMaster@横浜は年号が平成にかわった頃に4年間盛岡に住んでいた。
数日おきに夜仕事をして朝帰る生活だったため、朝ごはんに白龍のじゃじゃ麺を食べて帰宅していた。
朝は1Fを掃除中のため、いつも2Fにあがった。せまい階段をのぼってすぐにカウンターがあり、奥の調理場には店主の親父がいた。この親父こそが「じゃじゃ麺」の生みの親だった。後から聞いた話では、戦争で行った中国で食べた麺の味が忘れられず、帰国した後に肉味噌を工夫して再現したのがじゃじゃ麺ということだった。
カウンター席に座って親父の話を脇で聞いていると、調子がよい日は戦争で中国に行って死にかけた話をしていた。なじみの客は「また始まった」という顔だった。
朝いちで開店準備中なので、調理場をのぞくと昨日の残りものの麺が皿をかぶせて置いてあり、それをもう一度茹でたものを出されたりもした。(そんなときは多少値段をサービスしてくれた。)
厳冬の盛岡でニンニクおろしをかけたじゃじゃ麺とチータン(当時はチータンタンとは呼ばなかった気がする...。)は冷えた体を温めてくれた。
WebMasterが盛岡を離れる前の年くらいには親父は体調を崩していたのか、いつも頭を押さえながら麺を茹でていたことが多かった気がする。
「白龍」の親父は故人となったが、その後「白龍のじゃじゃ麺」は「盛岡のじゃじゃ麺」になった。

~ 2009/04/29 20:00 ワサビの花芽丼@横浜 ~
実家から山葵(ワサビ)の花芽(ゆでて調理済み)を送ってきた。
実家の母が先週Tさんのワサビ畑で摘んでいたものである。
結構沢山送ってきたので、まぐろ丼の上に多めにのっけてみた。まぐろよりも花芽が主役っぽいので花芽丼と命名した。
ワサビのつんとした風味とまぐろ、ご飯、海苔の風味が合ってうまい!
(WebMaster@横浜)